「『いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。』の逆って考えたことある?」と、ある日、ミニスターに言われた
あの有名な、第一テサロニケ5章のみことばですよね。いや、無いです
「考えてみると、面白いよ。」
なるほど…。それじゃ、一節ずつ検証してみましょう
いつも喜んでいなさい ←→ いつも落ち込んでいなさい
なるほど…、って、これって普通だよね
割といつもそう、落ち込んでいることって多いかも
何かやらかしちゃうと、すぐへこむ。あ〜、また罪を犯しちゃった、となって、落ち込む
「罪人の私をお赦しください。」
とかって、祈っちゃう
落ち込んでいる方が、謙遜で信仰者っぽく見える気もする
でも私達はもう、罪人じゃない
イエス様の十字架で、すでに赦されているから
いつも思うんだけど、アメリカ人とかラテン系の信仰者って、明るくてパワフルな人が多いよね
もちろん一概には言えないんだけど
いつも喜んでいるのは、日本人の私達にとって実はとてもチャレンジなことなのかも
赦されているのに沈んでいるのは、天国にいるのに周りが見えなくて暗く下を向いているようなものなのかもしれないとも思う
「こんな罪を犯しました。悔い改めます。そしてイエス様の十字架で罪は赦されているから感謝します!喜びます!」って、祈りあえたらいいんだよね
絶えず祈りなさい ←→ 絶えずの☆いなさい
怖い怖い、文字にするととっても怖いので、ちょっと伏せ字にしちゃいました
祈りは神様に向かう、のろいはサタンに向かう
例えば誰かをねたんだりするのも、のろいの一種なのかもしれないよね
やりたくないけど、無意識にやっているかもしれない
自分で気がついたときは即座に悔い改めしたいです
すべての事について、感謝しなさい ←→ すべての事について、不平不満を言いなさい
いやいやこれも、あるあるでしょ〜、と思う
いつもつい愚痴ってるかも
不平、不満を常に言ってたら、心も顔つきも暗くなるよね
そこをあえて神様に感謝をささげていったら、心も明るくなるし、人生も変わっていく
ふと「少女パレアナ」を思いだした
感謝は、自分だけでなく、周り人々の人生を良い方に変える力もあるのだろう
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。」
単純で覚えやすい神様のことばだけど、奥が深いな〜、と感じました
命令だから、実践するときっと神様の祝福がある
明日も小さな喜びを見つけて、
ささいなでき事について神様と周りの方々に感謝し、
心の中で神様と話しながら、
明るく希望を持って過ごす、と宣言するよ
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」聖書 第一テサロニケ5章16〜18節

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